歴史を知ると見えてくる“触れるケア”がどうして軽く扱われるのか
人類最古のケアは「触れること」
私たちが行っている“触れるケア”(タッチケア)は、実はとても古い歴史を持っています。
人類は言葉を持つ前から、痛いところをさすり、泣く子を抱きしめ、疲れた仲間の背中に手を当てることで気持ちを整えてきました。
”手を当てる“という行為は、世界共通の本能的なケアであり、医療や宗教よりも古い「最初の癒し」と言われています。
古代インドのアーユルヴェーダでは、五千年前からオイルを使ったケアが行われ、
皮膚に触れることが心の毒(疲れ・不安)を取り除くケアとされ、家族の間で毎日行う生活習慣でもありました。
古代エジプトでは、紀元前2,500年ごろの医師の墓の壁画に、手足をもみほぐしたり、オイルを塗る様子が描かれています。
古代ギリシャ、ローマでも、マッサージは医療の中心であり、
医学の父として有名なヒポクラテスが「医師はまず摩ることを覚えよ」と言ったように、マッサージが医学教育の基礎でした。
同じ東洋では、中国で数千年前から、按摩(あんま)、推拿(すいな)の伝統があり、身体の気の流れを整えるために”手で触れる“という考えが重視され、これは奈良〜平安時代に日本にも伝わり、あんまや指圧の基盤となりました。
これらは「手当て」という言葉そのものが、治療を意味していた時代です。
中世ヨーロッパに起きた“触れるケア”の衰退
ところが、中世ヨーロッパになると状況が変わります。
キリスト教の価値観が強まり、身体の露出や触れる行為が「不道徳」と見なされるようになり、触れるケアは一時的に衰退してしまいました。
また、祈りによる癒しが重視されたため、“手を使って身体に触れて整える”という技術は軽く扱われ、次第に、風呂場の従業員、遊女のケア、旅籠の雑用係など身分の低い人が行う仕事だと誤解されてしまったのです。
これにより、専門技術としての発展が止まり、体系的に受け継がれなくなりました。
また、中世後期(14世紀)にはペストが大流行し、病人に触れたら感染する、他人の身体に近づくこと自体が危険という社会不安が広まりました。
これも、「触れるケア」の停滞に拍車をかけました。
現代ケアワーカーが抱える問題との類似点
ここには実は、現代のケアワーカーが抱える問題とよく似た構造があります。
介護や保育、タッチケアなど、身体に触れる仕事は、「誰でもできる」「専門性が低い」と誤解されやすく、一方で心と体の両方を支える高度な技術であるにもかかわらず、社会的評価が十分に追いついていません。
また、中世も現代も、身体に触れてケアする仕事は、女性が担ってきたことが多く、そのため「家庭内労働の延長」と見られ、低賃金や有償化が難しい構造が残っています。
つまり、“触れるケアが過小評価されやすい”という歴史的な傾向は、今も続いているということです。
介護士、保育士、そしてセラピストやエステティシャン
人の身体に触れ、心の状態に寄り添う仕事は、どれも社会に欠かせない存在です。
にもかかわらず、人手不足・離職率の高さ・待遇の低さが共通の課題となっています。
その理由は、現代の制度や仕組みだけでなく、何千年も続いてきたケアの歴史そのものが影響していると思えてなりません。
つまり、今のケアの現場を改善するには、まず歴史がつくった構造を知ることが大きなヒントになるのです。
触れるケアの社会的地位を取り戻す活動
ハンドケアステップアップ講座(全5回)では、実技のみに留まらず、この長い歴史の中で「ずっと過小評価されてきたケアの価値」を再び可視化し、社会に戻すことを目的にしています。
次回のテーマは、触れることで伝わる安心感 ~“愛情ホルモン”オキシトシンがもたらす癒し〜
現代科学で証明される“触れるケア”の効果についてお話しします。
どうぞ、お楽しみに
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