わたしがハンドケアを伝えたい理由〜祖母の看取りを通じて感じたこと〜
ハンドケア講座を開催して気づいたこと
先日、「ふれあいハンドケア講座」を開催しました。
これまでにも、ハンドケア入門講座などを開催してきましたが、参加される方のお話を聞いていると、あることに気がつきました。
70代の方を中心に、ご自身の親が病気になったり、介護が必要になったりしたことをきっかけに、「何かしてあげたい」という思いで参加してくださる方が少なくないのです。
大切な親に、何かしてあげたい。
でも、何をしてあげたらいいのだろう。
そんな思いが、ハンドケアを学ぶきっかけになっているようです。
そのお話を聞きながら、わたし自身のことを思い出しました。
祖母の最期にわたしができたこと
高齢の祖母が、肺がんで危篤になったときのことです。
病院に駆けつけると、祖母はすでに意識がなく、胸で呼吸をしていました。
喘鳴も始まっていて、わたしには、とても苦しそうに見えました。
その場にいた叔父や叔母たちも、どうすることもできず、ただ立ち尽くしていました。
そのとき、わたしは祖母が以前、口にしていた言葉を思い出しました。
「苦しまないと、(あの世に)いけないかね。」
わたしは、何と答えてあげたらいいのかわからず、胸が苦しくなりました。
少しでも楽にしてあげたい。
その一心で祖母の手に触れ、ハンドケアを始めました。
どのくらいの時間が経ったのか正確には覚えていませんが、おそらく2時間ほど、ずっと手に触れていたと思います。
すると、祖母の目から涙がこぼれ、頬をつたいました。
祖母は気が強く、ほとんど泣いたことのない人でした。
祖父から、子どもの頃に「泣かない女になっちゃいけないよ」と言われたことがあるほどです。
そんな祖母が、涙を流したのです。
その涙が何を意味していたのか、今もわかりません。
「ありがとう」の感謝だったのか。
「やっと、逝ける」の安堵だったのか。
でも、わたしの祖母への想いは、きっと通じたに違いありません。
わたしは、このときほどエステティシャンをしていて良かったと思ったことはありませんでした。
そして、その後まもなく、祖母は旅立ちました。
涙の意味はわからないけど
その後、ソシオエステティシャン養成講座の終末期医療の授業で、わたしはこの体験を先生にお話ししたことがあります。
祖母の涙には、どんな意味があったのだろう。
あのとき、わたしがしたことには、どんな意味があったのだろう。
そんな思いもあって、先生に尋ねてみました。
もちろん、涙の本当の意味はわかりません。
けれど、先生は、最期のときにハンドケアをすることはよいことで、特に「合谷」というツボを押すと気持ちがよいので、ぜひ、やってあげてほしいというお話をしてくださいました。
そのお話を聞いて、あのとき祖母にしてあげられたことを、改めて思い返しました。
わたしは、祖母のために何か特別なことができたわけではありません。
ただ、少しでも楽にしてあげたいと思い、手に触れ続けただけです。
それでも、あのとき自分にできることがあった。
あの時の光景は、今もはっきりとわたしの心に残っています。
ハンドケアの可能性
エステティシャンになって良かったと思うことは、他にもあります。
以前、ブログにも書きましたが、トリートメントは、自分の子どもとのコミュニケーションにも役立ちました。
詳しくは、下記のブログ記事をご覧ください。
触れることをきっかけにして会話が生まれたり、言葉にならない想いを伝えることもありました。
わたしは、エステティシャンとして身につけた技術に、何度も助けられてきました。
そして今、その技術を自分のためだけでなく、大切な人のために役立てたいと思う方々に伝えたいと考えています。
ハンドケアを通して、誰かを思う気持ちが行動になる。
この活動が、少しずつ広がっていったらうれしいです。
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